第699号(2006年4月15日号)| ▼ | ▼▼ | INDEX | HOME | 県の観光予算半減 3割のマイナスシーリングと事業終了などで沖縄県観光商工部観光交流部門の施策説明会が四月二十五日、県庁講堂で開かれ、県内自治体、観光業界から百五十人が参加した。今年度は大幅な予算の縮小となり、業界の注目を集めた。 冒頭、宜名真盛男観光商工部長が、「予算総額は約半分になった。コンベンションセンターと万国津梁館が指定管理者制となって、県の予算は削減となり、独自に収益を上げることとなった。また、世界遺産周辺整備事業は五カ所で実施してきたが、三カ所が終了し、残り二カ所となることから大幅に予算削減となる。さらに、昨年計上されたIDB総会関連予算が事業終了にともない全減、空手 交流事業、人材育成システムの構築部門が終了するなど、やむを得ない面もある」と説明。 その上で「県単独事業は一律三〇%のマイナスシーリングがかかっており、誘客予算などが削減となった。しかしVJCと協力して今後予算の獲得を目指す。また、〇七年度以降は水準を下げないよう取り組む」と述べた。 反面、中期的に人材育成センターを立ち上げる計画で、歴史ガイド、文化ガイドを育成していく。観光客の内、中高年者の伸びが低いが、これを掘り起こすための文化や世界遺産を活用した交流を拡大する計画。 さらに二年前から取り組んでいるバリアフリー観光に注力していく。また、エコツーリズムは事業を衣替えし、参加者が増えることによる課題のの解決に取り組み、離島は海浜のトイレ・シャワーを環境に優しいものに転換して行く。 主要事業を見ると、「質の高い観光の実現」のための施策として、エコツーリズム促進モデル事業を実施。エコツーリズム先進地で発生している課題の解決を図る。 離島地域における環境配慮型観光利便施設検討モデル事業では離島全体の調査検討を行い、最適な施設の普及を促進する。 食の活用による沖縄観光モデル事業は研究会を発足させ、観光戦略を検討する。
「国際観光の推進」のための施策として中国観光客誘致重点開拓事業を実施する。
| ▲ | ▼ | INDEX | HOME | 琉宮城蝶々園が11周年 全国に沖縄の蝶を広めた![]() ■やんばるは癒しの観光地、全体で拡大策展開すべき うえちグループの琉宮城蝶々園が十一周年を迎えた。長寿と健康をテーマに長寿料理、ハーブとハーブ製品などのショッピング、群舞する蝶を見せるテーマパークとして本部町に開園。この間、長寿を観光産業に取り込む試みは多方面に広がり、琉宮城蝶々園が養殖するオオゴマダラは県内の学校や地域に癒しの象徴として普及、全国にも出荷する新たな特産品となっている。 琉宮城蝶々園が取り組んだオオゴマダラの生産は年々拡大し、これまでに県内二十の幼稚園や保育園で飼育が始まり、特に兼次小学校は百周年記念で蝶の蝶々小屋をつくった。ロワジールホテルオキナワのちょうちょ園、漫湖公園のちょうちょガーデン、首里城に蝶をとばそうというプロジェクトにも協力。長崎バイオパークはオオゴマダラの黄金色のさなぎでクリスマスツリーをつくったが、これにも協力するなど全国の動植物園、昆虫館などにノウハウが移転されている。 八月八日を蝶々の日として全国記念日協会に登録。本部町は蝶々の町を宣言して、癒しの町としてのイメージを発信している。 TVの動物ドキュメントなどでの露出度も高い。金色のさなぎから蝶が羽化するシーンがとられ、TVドラマでも蝶の舞う風景のロケ地として撮影されている。 〇一年三月に敷地を拡張し、蝶々ハウスを広げ、天然記念物のヤドカリと数が少なくなったヤシガニがいる自然テーマパークを新設するなど園内をリニューアルした。 十二年目に入る琉宮城蝶々園の具志堅猛社長にインタビューした。蝶々の人気について「癒しの象徴のようなイメージがある」と説明、地域が一体となってやんばる全体の魅力を高めることが今後の課題と強調する。 ■沖縄観光もっと伸びる 特産品の製造が有望だ ![]() 《本紙》琉宮城がオープンしたとき、館内禁煙というのに驚いたが、いまは常識になった。蝶がこれほど普及したのはなぜか。 《具志堅》健康と長寿をテーマにしたら、館内禁煙は自然に出てくる。当時はクレームもあったけれども、いまは当たり前になった。 蝶は癒しの象徴とというイメージができたと思う。蝶が舞っている風景は自然が豊かだったり、空気がきれいだと思われたりする。癒しが観光のテーマ、主流になってきた。 最近は野菜でも農薬を使わないものが体にいいと、ところどころ虫が喰ったあとがあるものがかえって信頼される。 琉宮城としては蝶の種類を増やすなど技術のレベルアップを図っている。 《本紙》そこで自然がいっぱいのやんばるに人気が集まる。 《具志堅》那覇市内から西海岸に人気が移るのも自然を求めるからだ。やんばるは大自然が残っており、工夫次第でこれからも集客力が高まると思う。本部町は三十年以上前から山に桜を植え、地道なまちづくりをしてきた。桜まつりの桜は年々ボリュームが増えて満足度が高まっている。 そこで本部町の自然の良さを地域が一丸となってもっとアピールしていく必要がある。やんばるの自然を求めて、移住したいという人が増えており、現実に住んでいる人もたくさんいる。このような自然の魅力を提供できるのはやんばると石垣だと思う。石垣の空港ができたら、本部町は石垣と競争するようになる。 《本紙》そんな先のことを考えてるのか。石垣をどう見るか。 《具志堅》石垣は竹富島、黒島、小浜島、西表島と全部リーフの内側のようなところだ。いっただけで癒される。沖縄本島と石垣とどちらに行きたいかと観光客に聞いたら、石垣という人が多くなるだろう。 《本紙》そこでいまから手を打っておくと。 《具志堅》本部町には海洋博記念公園があり、本部を中心に名護市以北の今帰仁村、東村、国頭村、伊平屋・伊是名を含むやんばる全体を観光ゾーンにしていくことが重要だ。 記念公園はTVニュースでも北の旭川動物園、南の美ら海水族館と紹介され、日本中に浸透している。 東村のエコツーリズムは大変な人気がある。 やんばる一帯は桜、みかん、つつじ、ユリ、あじさいの花まつりがある。大分の黒川温泉が地域全体で個人客誘致に成功したように、地域全体でやんばるを考える必要がある。 《本紙》強力な誘客体制になりそうだ。琉宮城の次の一手は。 《具志堅》特産品を仕入れて販売する観光産業だが、最近は県産品が本土のスーパーでも手にはいるようになってきた。これが進むと沖縄のものが沖縄で売れなくなる。 非日常だった沖縄が日常に入り込んできた。強いのは製造して販売する事業だ。製造業はいろいろな展開ができるので、非常に興味がある。 《本紙》観光産業が製造するようになると地域経済の足腰が強くなる。 《具志堅》仕入れて販売していては、スーパーにかなわない。 この他、琉宮城蝶々園は従業員にさまざまな資格を取るようにすすめている。調理師、旅行業の免許などせっかく業界にいるのだから自分に有利になる資格の取得をすすめている。
内外の投資がこれほど計画されており、沖縄観光はもっと伸び、有望だ。それに応えるにはサービスの品質も高めていかなければならない。
| ▲▲ | ▲ | INDEX | HOME | 自然のなかの伝統民家「大家」にお客殺到■癒しの空間に週末の県内客、レンタカー客、外国人が行列 自然のなかの古民家で琉球料理を食べさせる「大家(うふやー)」(名護市中山、電話○九八○(五三)○二八○)が人気を集めている。名護パイン園の安里清社長の実家で、明治三十四年に建築された。キレイに手入れして琉球料理と沖縄そばを出したところ、県内客、レンタカーの観光客、外国人にも人気が出て賑わっている。パイナップル畑と背後の山の緑に包まれた沖縄の伝統建築が癒しの空間となって、集客力になっている。 ![]() 大家は伊豆味街道から集落の細道に入った奧にある。やんばるの村落の風景はおとぎ話の中のような雰囲気があり、大家もまた百年前の沖縄に逆戻りしたようなたたずまいだ。庭には芝生が植わっており、山にはこの時期、赤紫色のつつじが映える。滝とせせらぎを配して、涼しさを演出。コンクリートに囲まれた都会ではお目にかかれない癒しの空間をつくり出している。 明治三十四年に建築された安里家はこの地域の庄屋のような役割を果たしていた。安里社長はここで生まれたが、何年も前から住居は他の場所に移し、使用しない状態が続いていた。取り壊す話もあったが、百年にわたって戦災や台風などの自然災害にも耐えて長持ちしている伝統の琉球建築を見せようとナゴパイナップルパークのノウハウで庭園や山をきれいに手入れした。今帰仁村の澤岻家と国頭村の新城家が古民家を提供することになり、移築、三軒のそれぞれの歴史のある伝統建築が揃った。それでできたのが写真のような見事な空間だ。 来場客は県民も多く、レンタカーの観光客、週末にはアメリカ人も多い。 内部は百四十席。畳の間とテラスがあり、テラス席はせせらぎと山に面して自然に包まれ人気が集中する。料理は昼食時間帯に「大家そば」(八百四十円)、「沖縄そば」(七百三十五円)など。 夕食時間帯に島豚の料理を中心に「やんばる島豚のしゃぶしゃぶ」(四千二百円)、「うふやー御膳・舞香花」(七千三百五十円)などがある。最高級島豚のしゃぶしゃぶは完全予約制だ。 〇四年六月にソフトオープンし、当初、県内客が八割を占めていたが、次第にレンタカー客の割合が増え、現在、半々の状態になっている。集落の道は狭く、バスの乗り入れができないためレンタカー客が中心になる。週末の昼食時間帯はいつも満席、行列ができるほどになる。県内客は中部、那覇・南部からも多い。 TBS系のTV番組「恋のハニカミ」でユンソナと北村一輝がテラスで食事、ネーネーズが「花」を歌うというシーンの舞台になり、観光客も増え出したという。県内TVでは朝夕の天気予報を提供して、琉球建築の様式美を見せている。 ナゴパイナップルパークは団体のバスを中心にレンタカー利用の観光客を集客しているが、個人客向けの施設運営は初めてで、PR手法も従来とは大きく異なるものとなったが、ジワリ人気が集り、確かなヒット商品となっている。 八月にはナゴパイナップルパークが培った技術で新たな施設をオープンさせる工事が進行中。継続的な投資でさらに魅力を高める。 大家の三つの民家の由来は次の通り。
《安里家》 安里家七世の普芳が、明治三十四年に家屋を竣工する(総費用金二百三十円)。
《澤岻(たくし)家》 澤岻家は今帰仁村に明治の後半に建築された。屋号は「カーラヤー」。「カーラヤー」とは赤瓦の家という意味で、当時のほとんどの民家が萱葺つくりだった頃に裕福な家であったことが窺われる。建築にはチャー木(イヌマキの木)が使われ、釘を使わない工法でたてられた。今帰仁村から移築したもの。
《新城家》 国頭村の謝敷に昭和八年に建築された民家。屋号は「カーヌメー」。「カーヌメー」とは川の前という意味で、新城家が川の前にあったため、そう呼ばれた。建築に使われた木材は謝敷山から採れた樫の木が使われている。 本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は沖縄観光速報社に帰属します。 Copyright (c) 1996 Okinawa Kankou Sokuhousya. No reproduction or republication without permission. |